日々のこととか

日々のことや好きなものについて

くだらない話でも

夢の話。夢、と言っても野望とかそういうやつじゃなくて、寝ている間に見るやつだ。昨日見た夢はどんなだっただろうか。なんとなくそのときの感情は思い出せるのだけれど、具体的な内容まではさっぱりだ。野球をしていたような気がする。不思議なものだ。数年前に見たくだらない夢のことは事細かに覚えていたりするのに、数時間前に見た夢でさえ思い出せない。
 
ここ数年で一番鮮明に覚えているのは、セグウェイに乗ったビートルズのメンバーに追い掛けられる夢だ。捕まってしまうと何か酷い目に合うということであった。何故そうなのかと言われても、そうなのだから仕方ない。夢とはそういうものだ。知人や友人だけでなく、よく知らない人とも一緒になって、『リアル鬼ごっこ』さながら逃げまわっていた。「おい、ポールが来たぞ!」「まじかよリンゴもいるのかよ…。」「あの4人から逃げられる訳ねぇよ!」てな具合だ。ふざけているようだけど夢の中の自分にとっては切実だ。途中で夢だと気づき、覚めろ覚めろと思っているうち目が覚めた。夢から覚めた途端、馬鹿馬鹿しくなって笑ってしまう。なんでセグウェイに乗っているのだ。その頃はちょうどビートルズの歴史を学ぶ大学の講義を受けていたから、その影響でこんな夢を見たのだろう。彼らに対して、知らず知らずのうちに畏怖の念でも抱いていたのだろうか…。
 
何故急に夢のことを考えたかと言えば、先日、吉本ばななの『夢について』という本を読んだからだ。友人とリゾートで遊ぶ夢、ヨーロッパのどこかで探偵になる夢、死んだ友人にみんなの近況を語る夢、2、3回しか話したことのない知人の夢、京王線沿線に住み、バーを開くことに憧れる知らない男の夢、ヒトデを踏む夢、などなど、彼女自身が見た夢の話と、それにまつわる不思議な出来事や私的な解釈が書かれたエッセイだ(正確には、憧れや野望的な夢の話もあるのだけど)。
夢について (幻冬舎文庫)

夢について (幻冬舎文庫)

 

 他人の夢は、それ単体では脈絡のない物語でしかなく、決して面白いものではないだろう。しかしどうだろう、『夢について』がまさにそうだったのだけれど、それを「彼」や「彼女」という文脈に落とし込めば少しは面白くなるのではないだろうか。世の中には、他人の夢の話なんかつまらないし聞きたくないという言説があるけれど、自分は自分の見た夢の話をしたいと思うし、誰かの見た夢の話を聞きたい。もしかしたらほんの少しだけだけれど、その人のことが分かるかもしれない。だって夢といってもどこからか湧いて出てくるものではなくて、全てはその人の頭の中で繰り広げられていることなのだから。なんだか怖いあの人も、好きな人の夢を見たり、空を飛ぶ夢を見たりしているのだとしたら、ちょっと面白くないですか?

くだらない話で安らげる僕らは
その愚かさこそが 何よりも宝物
というのはスピッツの「愛のことば」という曲の歌詞だけれど、くだらない話ができるのはたぶん幸せなことだ。くだらない夢のことをいつまで経っても覚えているように、誰かとくだらない夢について話したこともずっと忘れないかもしれない。夢の話じゃなくてもなんでもいい。たまにはそういうくだらない話をするのも良いじゃないか、と思うのです。
でも何より、こういう夢を見たよ、と久しぶりに電話をかけたくても、もう本人がいなくて伝えられないというのは淋しいです。
笑い話になるのも、生きていて、お互いがそのことを話し合えるから。
 
「死んだ人の夢」