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日々のこととか

日々のことや好きなものについて

最近観たもの・聴いたもの

引き続き、2016年の比較的評価の高い作品を鑑賞。『ヒメアノ〜ル』『アイアムアヒーロー』『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK‐The Touring Years』『ズートピア』『葛城事件』『団地』。この中だと『ヒメアノ〜ル』が個人的にキターって感じでした。あの奥行きのある画面構成、とても癖になりそう。そして言わずもがなの森田剛の演技。タバコを注意されたときの「もう吸ってないんで」とか、銃を撃ったときの「うっせぇー」のあの感じ!笑いとスリルと切なさそろい踏みの素晴らしきエンターテインメント。エンドロールを眺めながら、全然会っていない中高の友人の顔を思い浮かべていた。

ズートピア』はなんだか綺麗に完成されすぎていて逆に物足りない、というよく分からない感想を持つくらいの傑作でした。『アイアムアヒーロー』の冒頭30分に興奮し、『葛城事件』にヘビィなパンチを喰らい、『団地』で脱力する感情のジェットコースター。『クリーピー 偽りの隣人』と『デッドプール』も借りていたのだけど、時間が取れなかったため観れず…。たまには所謂クソ映画も観たいと思うのだけど、これだけ面白い未鑑賞の作品があると中々箸が進まない。

今年はもっと映画館に足を運ぼうと決意したので、2度目の『この世界の片隅に』と『マリアンヌ』を鑑賞。『この世界の片隅に』もそうだったけれど、『マリアンヌ』も音響が印象的だった。突然の銃声だったり、空襲警報だったり。他に印象的といえば、やはり鏡を使った演出。洗面台の鏡のアレはホラー映画的でドキドキしたな。あと画が良いのなんの。冒頭の砂漠のシーン、屋上からみたカサブランカの街並み、落ちた戦闘機と煙立ち上る街をバックにして映される家族の幸せな瞬間。

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マリオン・コティヤール繋がりで『ミッドナイト・イン・パリ』を観る。別にパリに対して特別な憧れを持っている訳じゃないけれど、あれだけ魅力的に撮られたら好きになってしまうよな。これまたロバート・ゼメキス繋がりで『フォレスト・ガンプ 一期一会』。そういえばトム・ハンクスはこの前観た映画でも走ってたな。『ドクターストレンジ』は評判を聞く限り、あまり期待はできなさそうだけれど、この映画こそでかいスクリーンで、できればiMAX3Dで観なくちゃ意味がないと思うのでそのうち行こう。

録画がどんどん溜まっていく今期のドラマ。ようやく『カルテット』に手をつけ始めた。ツイッター高橋一生がどうのこうのとか言っておきながら観ていませんでした。まだ1話の段階なので、これからの展開にワクワク。抜群に面白いのだけれど、いちいち意味があり過ぎて気軽には観られなさそう。ダラダラ観られる『住住』があるから丁度いいか。『東京タラレバ娘』は一応録画はしているけれど、どうしよう。

それでも町は廻っている』の最終巻を読んだ。読んでしまったのだ。約束された面白さがひとつなくなったのだと思うと寂しい。公式ガイドブックの時系列表や解説を読んでは、本編を読み返すということを繰り返していたら、あっという間に時間が過ぎてしまっていた。本当に良い作品なので読んだことのない人は是非。Homecomingsのインタビューで名前が挙げられていて気になっていた、スチュアート・ダイベックの『シカゴ育ち』を買ったので少しずつ読み進めている。とても文学的。良いです。

いつの間にやらリリースされていたCommunionsのアルバムがとても良く、ヘビーローテーションしている。あとはDirty Projectorsの先行配信されているやつ。CD棚を整理していたら懐かしくなってThe SALOVERSを聴いた。カックイイぜ。そういえばayU tokiOツイッターで「EQUALロマンス」を好きだとつぶやいていたのだけど、完全に同意!『らんま1/2』の主題歌だと「ド・ン・マ・イ来々少年〜Don't mind lay-lay-Boy〜」とかも大好きだ。「高橋留美子作品といえば?」という質問でその人の大体の年齢がわかるような気がする。自分は完全に『犬夜叉』世代なのだけど、キッズステーションでずっと観ていたので断然『らんま1/2』派だ。

Negiccoの「愛、かましたいの」好きですね。中華繋がりで思い出しました。

ミツメの「霧の中」のMV、超クールだ。雰囲気あって役者の人かと思ったら、ミツメのメンバーなんですね。

くだらない話でも

夢の話。夢、と言っても野望とかそういうやつじゃなくて、寝ている間に見るやつだ。昨日見た夢はどんなだっただろうか。なんとなくそのときの感情は思い出せるのだけれど、具体的な内容まではさっぱりだ。野球をしていたような気がする。不思議なものだ。数年前に見たくだらない夢のことは事細かに覚えていたりするのに、数時間前に見た夢でさえ思い出せない。
 
ここ数年で一番鮮明に覚えているのは、セグウェイに乗ったビートルズのメンバーに追い掛けられる夢だ。捕まってしまうと何か酷い目に合うということであった。何故そうなのかと言われても、そうなのだから仕方ない。夢とはそういうものだ。知人や友人だけでなく、よく知らない人とも一緒になって、『リアル鬼ごっこ』さながら逃げまわっていた。「おい、ポールが来たぞ!」「まじかよリンゴもいるのかよ…。」「あの4人から逃げられる訳ねぇよ!」てな具合だ。ふざけているようだけど夢の中の自分にとっては切実だ。途中で夢だと気づき、覚めろ覚めろと思っているうち目が覚めた。夢から覚めた途端、馬鹿馬鹿しくなって笑ってしまう。なんでセグウェイに乗っているのだ。その頃はちょうどビートルズの歴史を学ぶ大学の講義を受けていたから、その影響でこんな夢を見たのだろう。彼らに対して、知らず知らずのうちに畏怖の念でも抱いていたのだろうか…。
 
何故急に夢のことを考えたかと言えば、先日、吉本ばななの『夢について』という本を読んだからだ。友人とリゾートで遊ぶ夢、ヨーロッパのどこかで探偵になる夢、死んだ友人にみんなの近況を語る夢、2、3回しか話したことのない知人の夢、京王線沿線に住み、バーを開くことに憧れる知らない男の夢、ヒトデを踏む夢、などなど、彼女自身が見た夢の話と、それにまつわる不思議な出来事や私的な解釈が書かれたエッセイだ(正確には、憧れや野望的な夢の話もあるのだけど)。
夢について (幻冬舎文庫)

夢について (幻冬舎文庫)

 

 他人の夢は、それ単体では脈絡のない物語でしかなく、決して面白いものではないだろう。しかしどうだろう、『夢について』がまさにそうだったのだけれど、それを「彼」や「彼女」という文脈に落とし込めば少しは面白くなるのではないだろうか。世の中には、他人の夢の話なんかつまらないし聞きたくないという言説があるけれど、自分は自分の見た夢の話をしたいと思うし、誰かの見た夢の話を聞きたい。もしかしたらほんの少しだけだけれど、その人のことが分かるかもしれない。だって夢といってもどこからか湧いて出てくるものではなくて、全てはその人の頭の中で繰り広げられていることなのだから。なんだか怖いあの人も、好きな人の夢を見たり、空を飛ぶ夢を見たりしているのだとしたら、ちょっと面白くないですか?

くだらない話で安らげる僕らは
その愚かさこそが 何よりも宝物
というのはスピッツの「愛のことば」という曲の歌詞だけれど、くだらない話ができるのはたぶん幸せなことだ。くだらない夢のことをいつまで経っても覚えているように、誰かとくだらない夢について話したこともずっと忘れないかもしれない。夢の話じゃなくてもなんでもいい。たまにはそういうくだらない話をするのも良いじゃないか、と思うのです。
でも何より、こういう夢を見たよ、と久しぶりに電話をかけたくても、もう本人がいなくて伝えられないというのは淋しいです。
笑い話になるのも、生きていて、お互いがそのことを話し合えるから。
 
「死んだ人の夢」

1月〜最近のこと

今年も正月は家でテレビやNetflixを見たりして、だらだらと過ごした。試験勉強をしなくてはと思いつつ、だらだらと日々が過ぎていく。あまり記憶がない。

休み明け、週末とその前後を利用し、友人と中国は上海まで旅行に行ってきた。ツアー自体が格安だったので、その分向こうのグルメを堪能してきた。小籠包はいくらでも食べられる。移動は地下鉄を主に使っていたのだけど、乗り降りの際の人の流れが日本のそれとは全く違い、目的の駅で降りられないということも。お国柄の違いというのをまざまざと見せつけられた。高層ビル群とそこから見下ろす夜景、中心部から少し外れた蘇州の歴史的な風景、洗濯物や何の動物のものか分からない肉があちらこちらに干されている混沌とした街並みなど、色々な側面を目にした。コンビニの真ん前に屋台が出ている光景なんかも異国情緒溢れていて面白かった。初日に観た雑技団は、まさに肉体の美とその躍動という感じで、素晴らしかったです。家族以外と海外旅行に行くのは初めてで、言葉が通じなかったり、道に迷ったり、なんだか疲れたけれどとても楽しかった。

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旅行から帰ると、今度は息つく間もなくテスト週間に突入。卒業が掛かっているとなるとプレッシャーが大きいもので、毎日胃が痛かった。その一方で、頭の片隅にはもう一年大学生活を送るのも悪くないな、などと考えてしまう情けない自分もいて自己嫌悪。親とか就活のことを考えて自分に喝を入れる。とりあえず試験が終わった今、もうなるようにしかならない。ところで「なんとかなる」って言葉は他力本願なニュアンスがあってあまり好きじゃないけれど、「なるようになる」はやる事はやった上でどっしり構えている感じがあって好きだ。結果発表がある3月までは自分もそのマインドで過ごそうと思う。これで留年したらもう笑うしかない。笑って下さい。試験期間中はかつてのクラスの人に会うことが多く、それぞれの単位状況を話したりした。これのお陰で少し不安を紛らわすことができた。果たされるかどうかは置いておいて、久しぶりにクラスの人で集まろうという約束もした。

よく聴いていたもの。

John Gastroのカバーは秋山の「TOKAKUKA」とかもめっちゃ好きです。あとは中村一義もよく聴いていたな。

先日公開された江本祐介「ライトブルー」のミュージックビデオがとても素晴らしい。

ワンショット繋がりで、『私の優しくない先輩』のエンディングを思い出す。映画自体はあまりハマれなかったけれど、エンディングは曲も映像も良かった。川島海荷の瑞々しさもさることながら、高田延彦のぎこちないダンスが最高。そういえばこの前、川島海荷ZIP!に出ているのを見て改めて思ったけれど、なんとも独特な声質をしている。はんにゃの金田は最近あまり見ないけれど、suchmosのYONCEを見る度に思い出す。

試験期間中に抑圧された映画欲が爆発し、去年のベストに選ばれているような作品を連日観ている。『シング・ストリート 未来へのうた』は、前作の『はじまりのうた』の方が好きだけれど、それでも傑作だ。ジョン・カーニーの音楽映画は、そもそもの音楽が良いということに加えて、音が重なり、音楽が出来上がっていく瞬間の喜びみたいなものをしっかりと捉えてくれていて、音楽映画かくあるべしといった感じだ。例えば、「Up」という曲が流れるシーンでは、それが時間の経過とともに巧みに描かれている。最近サントラをよく聴いている。

次に観た『ハドソン川の奇跡』。結末が分かっている(しかもハッピーエンド)にも関わらず適度な緊張感が保たれていて、どうしてこうも面白くできるのだろうかと感心してしまう。そして繰り返し呼ばれる登場人物それぞれの名前(わずかワンシーンしか登場しないホテルの従業員でさえ!)。『your name.』だ。どの作品も選ばれるだけあって面白く、いちいち何かしらの衝撃を受けてしまうため、感情の変動が激しい。観た映画をFilmarksで記録して一応評価を付けている訳だけれど、後から見るとこの作品がこれより評価が下ってことはないだろ、みたいなのがたまにあって、自分でもよく分からなくなる。作品を評価するのって難しいなと、当たり前のことを思う。観ていない映画が多すぎて、今年はもう少し映画館に足を運ぼうと思う次第です。

先週の金曜、シャムキャッツのツアーファイナルへ。 アナログテレビを使ったVJがイカしていた。MCでは『アメリカンスリープオーバー』、トムヤムクンの話など、舌もノリノリだ。「25、6歳で、彼女とも仕事の話が増えてきて、でも仕事も続きそうにないし、そろそろ別れても良いんじゃないかと思いながら帰ると、珍しく彼女が先に帰っていて、家の中からはシチューの匂いがして、俺もなんかもうちょっと頑張らなくちゃなと思ってる、そんな男の子の歌です。」という語り(もっと長かったうえに曖昧だけど、大体こんな感じ)から始まる「マイガール」でなんだか泣きそうになる。ギターソロのあの鳴りに心震えない訳がないだろう。2回目のアンコールもとい公開打ち明げ時の、菅原さんの「またやりたいね」という言葉に対して返した夏目さんの「一生やるでしょ、たぶん」。そして始まる「さよならアーモンド」。あぁ最高だよ。シャムキャッツのライブを観た後は毎回、シャムキャッツ最高!と言っている気がする。今年出すらしいアルバムも楽しみだ。夏目さんのソロアルバム『RATS』を購入。こちらも良い感じだ。節分ということで帰りにバタピーを貰った。

そのままの足でバイト先の新年会へ向かう。久しぶりのお酒とみんなの楽しそうな雰囲気とで良い気分。少ししか参加できなかったのが残念だ。その後、数人の有志で二次会のカラオケへ。ポツリと零れるエモい言葉。友人と別れた帰り道、こうやって過ごす夜はあとどれくらいあるのだろうか、とセンチメンタルな気分に。この時期はそんな感傷に襲われがちだけれど、社会人だって思っている程悪くはないはずだ。社会人には社会人の楽しみがあって、愛しい夜にもいくつも巡り会うだろう。そうであって欲しい。これはささやかな希望だ。

最近のいろいろ

気がつけば今年ももう終わりだ。やり残したことが沢山あるような気がする。データの整理をしながら今年聴いていた音楽を振り返り、年間ベスト的なものを考えてみたけれど、面白味のないものになりそうなのでやめておく。とりあえず一番よく聴いていたのはフジロッ久(仮)の『超ライブ』だった。メンバーの脱退など悲しい知らせが続くけれど、頑張って欲しいです。

超ライブ

超ライブ

 

ところで、「おかしなふたり」の「カーモンベイビーカモンベイビー」というフレーズの引用元である「オラはにんきもの」は『クレヨンしんちゃん』の有名なオープニングテーマであるが、最近そんな『クレヨンしんちゃん』の劇場版作品を沢山観たのである。全部とはいかないので、評価の高い作品のうち『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』『嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』『電撃!ブタのヒヅメ大作戦』『嵐を呼ぶ栄光のヤキニクロード』『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』を観た。どの作品も面白かったのだけれど、やはりというか、オトナ帝国が頭一つ抜けて良いのだ。アニメの劇場版として大切な「らしさ」を保ったままに、あのテーマを89分という上映時間で見事描き切っている。そしてクライマックスにおける、今を生きようとするしんのすけの意志を体現する肉体の躍動と、それに説得力を持たせるアニメーションの素晴らしさよ。

そういえば『クレヨンしんちゃん』のアニメにおける功績者の1人である、湯浅政明が監督を務める映画『夜は短し歩けよ乙女』の特報映像が先日公開され、テンション上がりまくりである。何しろ大好きなあの傑作アニメ『四畳半神話体系』と同じ布陣なのだ。主人公の声優が星野源で、どれだけオイシイところを持っていけば気がすむんだコイツは、と少しムカついた。逃げ恥、観よう観ようと思っていたのだけれど、結局観ず終いだ。それはさておき、森見登美彦の原作小説と『四畳半神話体系』のアニメを見直している。いやー何度観ても面白い。何かが欠けたパラレルワールドを体験する中で、現実がいかに素晴らしいものであったかに気づくという展開、とても好きなのだ。『素晴らしき哉、人生!』とか『涼宮ハルヒの消失』とか。

とうとう『この世界の片隅に』の原作を買って読んだ。映画版で一番気に入っているシーンが原作にはないオリジナルのものであることを知った。このプラスはナイスだ。嬉しいことに年が明けたら上映館数も増えるらしいので、もう一度観に行きたい。

先週、ほとんど行っていなかった1限の授業を受けるために久しぶりに満員電車に乗ったら、ものの数分で体調が悪くなった。満員電車に乗るたびに、絶対に職場から近い場所に住もうという気持ちが強まっていく。大学に着き、教室に向かうとその授業は休講だった。ガックリしながら中庭へ向かい、コーヒーを飲みつつぼーっとする。人気のない朝のキャンパスの雰囲気は悪くない。なんだか好きになれなかったキャンパスも、もう少しでサヨナラだと思うと少し愛おしく思えてしまうから不思議だ。おそらく試験期間にはまた嫌になっていることだろう。その日の夜は春みたいな気候で、なんとなくミツメの1stを聴きたくなった。

mitsume

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翌日はHomecomings主催の『BASEBALL SUNSET vol.1』へ。コーラスワークがほんと素晴らしくて聴き惚れてしまう。MC中、ふと向井秀徳の名前が出て少し嬉しかった。CAR10も良かったなあ。Yogee New Waves、最近の曲はあまり聴いていないので原曲からそうなのか、ライブ仕様なのかわからないですけど、一旦静かになった後に大サビで盛り上がる、みたいな曲多くないですか。良かったけれど。そういえば先日、初めて富士急ハイランドに行ってきた。絶叫系のアトラクションは結構好きなので滅茶苦茶楽しんだのだけど、まだまだ遊び足りないので、また近いうちに行けたらいいと思う。なぜか我が家では皆あっちの方へ行くと、毎回のように「桔梗信玄餅」をお土産に買って帰って来るので、謎の使命感に駆られ、自分も買ってきてしまった。

この時期はクリスマスやら忘年会やらイベントが多くてあっという間だ。楽しいから良いのだけど。 年末年始のなんとなくみんなが楽しそうな雰囲気が結構好きだ。なによりネタ番組が多いので嬉しい。『笑いの金メダル』や『エンタの神様』といったネタ番組を観ていた頃のテレビの感じ好きだったなあ。なんとなく昔の『M1グランプリ』を遡って見ている。最終決戦がNON STYLE、ナイツ、オードリーの3組だった2008年が強く記憶に残っている。ちなみに今年のM1決勝進出組の中だとチャンピオンの銀シャリさらば青春の光、あたりが好きだ。

今年最後のバイトを終え、紅白やガキ使を観ながらこの文章を書いていたら急に年末感が増してきた。就活やら三田祭やらであっという間に過ぎた1年だったけれど、とても楽しかった。来年も良い年になると良いです。

映画『この世界の片隅に』

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もし本作をカテゴライズするならば、ジャンルはおそらく戦争映画になるのだろう。しかし『この世界の片隅に』で描かれているのは単なる戦争の悲劇ではなく、その真っ只中で確かに営まれていた人々の暮らしだ。衣・食・住と、それに伴う日々のなかの何気ない動作を、充実したディテールの数々と非常に丁寧なアニメーションでもって表現することで、生の喜び、美しさを描き出す。豊かな日常動作の描写は、冒頭の重い荷物を壁に押し当ててから背中に背負うシーン、手を擦り合わせ、息を吹きかけ暖めるシーン、包丁とまな板をバイオリンに見立て、演奏するかのように切った食材を釜に入れるシーンと、例を挙げれば枚挙に暇がない。

本編の構成(特に前半)は基本的に少し笑えるエピソードの連なり(実際に劇場でも何度も笑いが起きていた)なのだけれど、それ故に、これから起きる誰もが知っている悲劇が強く意識されてしまう。これは反対に、我々がこれから起こる悲劇を知っているからこそ、そこで営まれている生活がかけがえない、美しいものに感じられるとも言える。そんな訳で、恥ずかしながら全編通して目を潤ませていたのだけれど、とりわけ好きなのが終戦日の夕飯のシークエンスだ。タンスにしまっておいた米を取り出したサンの「明日も、明後日もあるんだから」というセリフと、それに続くすずの「この先もずっと続いていく」という心の中の語りは、現代の我々の暮らしとの繋がりを意識させてグッときてしまうし、遮光カバーが外され、食卓の灯りが街にひとつ、またひとつと灯っていく様はどうしたって泣けてしまう。

他にも、すずが右手を失った際の背景の演出だったり、かなとこ雲とキノコ雲の連想だったり、コトリンゴの歌がめちゃくちゃ良いことだったりと、色々あるのだけれど、兎にも角にも大傑作。監督や原作者、製作陣の方々はもちろん、クラウドファンディング出資者の方々に感謝である。比べるわけではないが、同じアニメ映画である『君の名は。』の大ヒット同様、本作も多くの人に観られて欲しいと思う。

三田祭のこと

三田祭が終わってから1週間程。祭りの後の寂しさを覚えながらも、連続のバイトなどでなんとなく誤魔化しつつ日々が過ぎていた。この1週間に一度もスタジオ練習がなかったことを思い、もう終わったんだな、と改めて実感する。なにか大きなことに対して長い期間をかけて準備をすることも、その後に訪れる空虚感も、高校生の頃以来でなんだか戸惑う。 

ステージの感想は、ただただ楽しかったの一言に尽きる。泣くかと思っていたけれど、楽しさが圧倒的に勝っていた。あの時見た光景は多分ずっと覚えていると思う。個人的な演奏面では、悔いがないというと正直嘘になる。自惚れかもしれないけれど、もっと上手くやれたと、とても悔しいと、そう思う。けれど色んな人と話をするなかで、良かったと言ってもらえたことだったり、誰かのなんとなく発した一言だったりに救われた気がする。

 最終日の打ち上げでは、役員の引退もあり、来年のステージの話もあり、そろそろ卒業なのだと思うと同時に、「ああ、こうやって続いていくんだな」とぼんやり思うなど。来年以降もたまに顔を出せたらいいな。

何はともあれ準備期間から本番、打ち上げまで、全てがとてもいい時間だった。心からそう思う。感謝!!

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映画 『青春デンデケデケデケ』

大林宣彦監督の『青春デンデケデケデケ』を観た。傑作だ。

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ラジオから流れてきたThe Venturesの「Pipeline」のデンデケデケデケというイントロに衝撃を受け、ロックに目覚めた男子高校生がメンバーを集めてバンドを結成。友情や恋、家族や先生、そして将来のこと。高校3年間における青春のあれこれとバンド活動を描いている。とまあストーリーは潔いほどにど真ん中を行く、全くもって普通の青春映画である。でも何故か、よくある話だよねで済ませたくはないのだ。時折顔を見せる大林監督の普通ではない演出が、ちょっとしたスパイスになっているのだろうか。頻出する、橋の上を自転車で走る主人公 (達)を遠くから捉えたシークエンスはやはりたまらないし、久石譲の音楽もよい。初々しい浅野忠信(まだ10代!)も見どころだ。

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近年における高校生のバンド生活を題材にした作品のひとつとして『けいおん!』が挙げられるが、誤解を恐れずに言うのならば、『けいおん!』はまさに現代の女子高生版『青春デンデケデケデケ』なのだ。楽器を買うためのアルバイト、バンド名会議、練習場所探し、合宿、文化祭前夜の学校に泊まり込み、といった共通するエピソードを見るに、時代や流行が変われど、変わらないものはあるらしい。

この映画で重要なのは、青春の輝きのうちに物語が終わるのではなく、”まつりのあと”が描かれている点だ。文化祭が終わった高3の冬、それぞれが自分の道を進み始める。主人公である藤原竹良(ちっくん)以外のメンバーは、ほとんどが家業を継ぐため街に残るが、ちっくんは東京の大学に行くこととなる。周りが先へと進む中、バンド活動に対する未練、自分の進路への不安を抱えるちっくん。思い出の地を巡り、過ぎ去りし日々に思いを馳せる。鍵のかかった部室の前で、「(部室の鍵はもう下級生に譲り渡してしまった。)したがって僕には入れない」と繰り返しつぶやく。そして文化祭で演奏をした体育館にひとり立ち、「みんな終わってしまったのだ」と青春の有限性を噛み締めるのだ。そんな彼の背中を押すために、メンバーは終身バンドリーダーの称号を贈る。これは、事実上の解散になっても、活動を続けなくなっても、「ロッキング・ホースメン」は在り続けるのだという証だ。(ちなみに先述の『けいおん!』では、「天使にふれたよ!」という曲でもって、卒業する4人が残された1人の後輩にこれからも仲間であり続けることを伝える。)嫌でもやって来る”まつりのあと”の寂しさに対してどうケジメをつけ、どう進んで行くのかが大切なのだ。

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青春はいつか終わる。「この時間がずっと続けばいいのにな」という願いは叶わない。別れを告げ、先に進まなければならない。けれど、きちんと胸に刻んでおきさえすれば、仲間と過ごした輝かしい日々はずっとそこに在って、触れることだってできる(本作の語り手である未来のちっくんがそうしているように)。そして、愛した音楽は永遠に鳴り続ける。

これから先の人生で、どんなことがあるのか知らないけれど、愛しい歌の数々よ、どうぞ僕を守りたまえ。

東京に向かう電車内での、ちっくんのこの祈りはどうしたって泣けてしまう。

 

【補足】

原作者の芦原すなおさんは作家活動とは別に、The Rocking Horsemenというバンドで音楽活動を続けており、今年で25週年を迎えるというから素敵じゃありませんか!ちょうど原作小説を世に出した後、このバンド活動を始めている。青春はいつか終わってしまうけれど、一度きちんと終わらせれば、またいつでも始めることができるのだ。どうやら青春に年齢は関係ないというのは本当らしい。